がん経験FP深田晶恵 病気の時に読むべきものと読むべきでないもの
がんなどの病気と診断された瞬間から、患者は日々さまざまな選択を迫られます。どの治療法を選ぶのか、体調をどう管理し、日常生活を整えるか。そうした判断の土台になるのが、「どんな情報を持っているか」です。信頼できる情報をどれだけ得られるかによって、治療の選択肢や生活の質(QOL)が大きく変わってきます。そのため、「がん治療は情報戦」といわれています。
とはいえ、インターネットで病名を検索すれば、何万件もの膨大な情報が表示されます。その中には信頼できる有益な情報もありますが、根拠のない噂話や極端な体験談などもあり、まさに玉石混交。その中から、自分に必要な情報を選び取るのは、容易なことではありません。
情報は、むやみに読みあさると不安に駆られ、誤った判断につながることもあります。そうしたリスクをなくすため、「不要な情報を捨てる」という視点を持ち、不確かな情報に振り回されないこと。それが、がんと向き合ううえで欠かせない姿勢だと実感しています。
では、どうすれば本当に役立つ情報にたどり着けるのか。私自身のがん経験をもとにお伝えしましょう。
正しい情報は、病院にある
最初に目を通すべきは、病気や治療について正しい情報が体系的にまとめられた本や資料です。信頼できるのは、病院で配布されるリーフレットや、医療機関、公的機関の公式サイト。私も乳がん告知から病理検査結果が出るまでの3カ月間は、これらを暗記するほど読み込み、知識を付けました。
インターネットの情報で参考にしたのは、NPO法人「キャンサーネットジャパン」のサイト。医学的な根拠に基づいた内容が素人にも分かりやすくまとめられているのが特徴です。家族に病気のことを説明するときにも役立ちました。
ちなみに先日、私の家族が子宮がんと診断された際には、「このサイトから病気について書かれているページを印刷して診療時に持参するといいよ」とアドバイスしました。資料を見ながら医師の話を聞けば、質問もしやすくなるし、治療への前向きな姿勢が伝わる。医師との信頼関係づくりにもつながります。
インターネットを使って病気に関する本を探す人も多いと思いますが、知識が乏しい状態で、自分に合った適切な情報や本を見つけるのは至難の業です。そこで活用したいのが、病院内のライブラリー。がんに限らず、さまざまな病気について医療機関が選んだ信頼性の高い資料や本がそろっているので、自分で探すより、確実に有益な情報に出合えます。ライブラリーで気になる本を見つけたら購入して、じっくり読み直すのもよいでしょう。
また、がんセンターなどの専門医療機関には、そこの患者でなくても無料で相談できる窓口があります。就労支援のパンフレットなどもあり、持ち帰ることもできます。
一方で、「避けたほうがいい情報」も存在します。特に治療を始めたばかりの段階では、「何を読むか」を慎重に選ぶ必要があります。なかでも注意したいのが、インターネットに掲載されている信ぴょう性の低いネット記事や経験者ブログです。
病気経験者のブログ 読まないほうがいい時と読んだほうがいい時
患者の体験談は貴重な情報ではあるものの、あくまで個人のケースにすぎません。医学的な裏付けのない情報をうのみにするのは危険です。患者ブログは個人のリアルな心情がつづられているため、ネガティブな感情に引きずられ、不安が増幅してしまうこともあります。私自身、治療の初期には「ブログは読まない」と決めていました。
ただし、「読むタイミング」と「目的」を明確にすれば、患者ブログの体験談は有益です。例えば、ウィッグの選び方や日常生活での工夫など、経験者ならではの情報を知りたいときは、とても参考になります。ある程度知識が付き、病気と向き合う心構えができてから、ピンポイントで知りたい情報だけを調べる。これが、情報に飲まれないコツです。
治療のステージが進むにつれて、必要な情報も変わってきます。自分の状態に応じて取捨選択を意識すれば、情報に振り回されることもなく、余計なストレスを抱えずに済むと思います。
「がん経験のFPが伝授 「病気になっても慌てない」お金の知識」でも紹介しましたが、病気とお金については、私が監修したこの本『乳がんにまつわるお金の話』(KADOKAWA)が分かりやすくまとまっています。乳がんに特化してはいますが、他の病気にも通ずるところは多くあり、聖路加国際病院の医師の監修のもと基本的な乳がんの知識はもちろん、私自身のケースもふまえた乳がんにかかるリアルなお金事情や、備えるための保険の選び方まで盛り込んでいます。
入院中にお薦めの本リスト
入院中は、がんについての知識を詰め込むより、気分転換になるような「眺めて楽しい本」を選んでいました。
例えば、料理本。栄養バランスの良い食事は再発防止のためにも欠かせません。写真がメインの料理本は、パラパラとめくるだけでも気分が紛れました。
病気に立ち向かう励みになったのが、「旅」の本です。友人が、週末に行ける海外旅の本を贈ってくれたことがとてもうれしく、ページをめくるたびに心が躍りました。それをきっかけに、テーマ旅行や一人旅の本に手が伸び、「病気が治ったらここに行こう」と未来を思い描くことで、前を向く気力が湧きました。
また、がん経験者としてぜひお薦めしたいのが、西加奈子さんのエッセー『くもをさがす』(河出書房新社)です。2023年に書評で紹介されていたのを見て、即購入しました。
2021年、カナダ滞在中に乳がんの告知された西さんが、現地で出会った友人たちに支えられ、育児と治療に向き合う姿がとても力強くつづられていて、心に響きました。自分一人で抱えなくてもいい、誰かに助けを求めてもいいんだな――同じ乳がん経験者として、そんな思いにとても共感し、涙が止まりませんでした。
書いてよかった「闘病ノート」
がんを前向きに乗り越えるために、治療中はいくつかの工夫を重ねました。その一つが「闘病ノート」です。治療の経過や副作用の様子、体調の変化、医師からの説明などを記録することで、自分の状態を把握しやすくなり、病気への理解も深まりました。使用したのは、堅い表紙のリング式ノート。これは、診察室で膝の上に乗せて書き込みやすいからです。
あらかじめ医師に聞きたいことを整理して記入。診療中、その下の余白に医師からの説明を書き加えました。限られた診療時間を有効に使う上で、このノートが大きな助けになりました。
この方法は、後に義父母の介護にも役立ちました。体調の変化や食事の内容、排せつの情報などを記録し、家族やきょうだいと共有することで、協力体制が取りやすくなり、医療スタッフとの連携もスムーズに。まさか自分の闘病経験が介護の場面で生きるとは思いもしませんでしたね。「見える化」の重要性を実感しました。
賢い患者になるための小さな心がけ
もう一つ、治療中に心がけていたのが、医療スタッフ、なかでも看護師さんとの関係づくりです。主治医は忙しく、長い時間話すことはできないので、入院中や外来通院中に疑問や不安が出てきたときは、どうしても看護師さんに頼る場面が増えます。とはいえ、皆さんすごく忙しく、気軽に声をかけづらいことも。だからこそ普段から信頼関係を築いておくことが大切だと感じていました。
そこで私が実践したのは「名前で呼ぶこと」。職業柄、患者さんたちから「看護師さん」とひとくくりで呼ばれることが多いだろうと思い、名札を見て名前を覚えることにしました。それによって距離が縮まるのではないかと考えたのです。
私が入院していた病棟は、20〜30代の若手の看護師さんが中心。なにかしてもらったときは、「〇〇さん、ありがとうございます」と伝え、その方ならではの気配りや対応など褒め言葉を添えるようにしました。結果は大正解。名前を呼んで声をかけることで自然と顔を覚えてもらえ、看護師さんたちの表情も和やかになりました。
病気になっても、すべてを他人任せにはできません。自分の体に責任を持てるのは、自分だけ。必要な情報を見極め、医療スタッフと信頼関係を築きながら、「賢い患者」として病気と向き合うことが大切ではないでしょうか。
取材・文/西尾英子 構成/長野洋子(日経BOOKプラス編集) 写真/鈴木愛子
[日経BOOKプラス2025年7月9日付記事を再構成]
「お金のことを本でも学びたいけど、たくさん出ていてどれを読んだらいいか分からない」。初心者の方からよく聞く話です。そこでこのコーナーでは「お金×書籍」をテーマとして、今読むべきお金の新刊本や古典の名著などを紹介し、あわせてお金の本の著者にも読みどころなどをインタビューします。