プロ野球、コーチ人事新潮流 求められるデータ活用能力
野球データアナリスト 岡田友輔
山本由伸(オリックスからドジャース)や今永昇太(DeNAからカブス)、松井裕樹(楽天からパドレス)など、このオフは日本野球機構(NPB)から米大リーグ機構(MLB)への移籍の話題に事欠かなかった。こういった華やかなニュースに比べれば注目はされにくいが、個人的にはいくつかのNPB球団のコーチ、スタッフ人事に興味を引かれた。
まずはソフトバンクの1軍投手コーチ兼ヘッドコーディネーターに就任した倉野信次氏だ。2009年から21年にソフトバンクで1軍投手コーチやファーム投手統括コーチなどを歴任。23年はレンジャース傘下のマイナーで投手育成コーチを務め、24年は再びソフトバンクのユニホームを着ることになった。
続いてDeNA。大原慎司氏が1軍チーフ投手コーチに就任し、小杉陽太2軍投手コーチが1軍投手コーチに配置換え。さらに鶴岡賢二郎氏を新設した1軍オフェンスチーフコーチに起用した。鶴岡コーチは23年まで1軍ゲームアナリストを務めており、大原コーチにもゲームアナリストの経験がある。小杉コーチはプロ通算6勝ながら、引退後は起業して独自に動作解析などの知見を深めた異色の経歴を持つ。
最後はロッテのピッチングコーディネーターに就任した川井貴志氏。現役時代の川井氏はロッテと楽天に在籍し、主に救援として計307登板。引退後は楽天で打撃投手や投球データの分析業務などを担当、その後は早稲田大学大学院スポーツ科学研究科でコーチングを学んでいた。
この3球団の人事に共通するのは、データ分析の素養のある人物を登用しているという点だ。実績を積んだ名選手が引退し、そのままコーチに就任する。もしくはある球団のコーチを別の球団が引き抜くといった、従来のNPBのコーチ人事とは違った経緯をたどっている。
NPBでは現役時代の実績が引退後のキャリアのベースになってきたが、MLBでは必ずしもそうではない。選手、コーチ、監督と、立場が違えば求められる能力は違うはず。「名選手、名監督にあらず」という格言があるが、MLBの人事ではまさに「名前」よりも「実務能力」が求められる。
投球の回転数や軌道、打球の速度や角度など、野球の様々な数値データを事細かに測定できる「トラックマン」や「ホークアイ」といった機器をNPBの各球団が導入するようになって久しい。ただ、これらの機器は導入するだけでは意味がない。得られたデータを読み解き、選手にフィードバックする必要がある。これまではそうした能力のある人はアナリストなど肩書でチームに加わっているケースが多かったが、もう一歩進んでコーチという役職に起用されるようになってきているのだ。
選手のデータに対する感度は確実に高まっている。オフになれば米シアトルのトレーニング施設「ドライブライン・ベースボール」に足を運び、自分に足りないスキルの向上に取り組む選手もいる。国内にも動作分析を通して特定のスキルアップをサポートしてくれる専門トレーナーがおり、SNSを介した情報発信も盛んに行われている。
データがそろっていなかった時代、コーチングのベースにあったのは個々の経験と感覚だった。元名選手の「自分はこうだった」「こうすればこうなるはず」という言葉にはそれなりの説得力があった。
選手の感情に訴えかけるという点で、今でもこういったアドバイスに一定の意味があることは否定しない。ただ、データ活用の有用性を知っている選手に対しては、科学的な論拠を持ったアプローチも欠かせなくなっているのだ。
コーチはチームのなかで中間管理職的なポジションだ。つまり監督、選手、スタッフをつなぐような存在。コーチがデータに深い知見を持っていれば活用はスムーズに進みやすくなる。逆に言えば、コーチの段階でノッキングが起きてしまうようだとデータは持ち腐れになってしまう。
これまでは選手から解説者、解説者からコーチというルートもあった。ただ、様々なデータがある程度一般に公開されているMLBと違い、日本では球団とそれ以外で情報の質と量に圧倒的な差がある。一度球団を離れてしまうと、その間は生きたデータに触れることが難しい。
その点、引退後にアナリストなどの役職で球団内部で経験を積むというのはとても合理的だ。選手から球団スタッフ、球団スタッフからコーチというルートをたどるケースもこれから増えてくるはずだ。
サッカーのJリーグには指導者のライセンス制度があり、コーチングのスキルを体系的に学ぶことができる。NPBにそうしたものはなく、各球団は指導者を独自に「育成」する必要に迫られている。感覚ではなく、データという新しい「言語」を使いこなして選手とコミュニケーションできる人材をどうやって確保するのか。今回挙げた3球団の人事は、NPBにおけるコーチ登用の新潮流と言えるだろう。