2018年、タイ北部のタムルアン洞窟に、地元のサッカーチームの少年12人とコーチ1人が入った。しかしその後、洞窟内の水位が上昇し、彼らは戻れなくなった。この出来事を知った現地在住の英国人洞窟探検家は、タイ当局に1枚の紙を手渡した。その紙に書かれた3人の名前は、リック・スタントン、ロブ・ハーパー、ジョン・ボランサン。
「この3人は、世界最高の洞窟ダイバーです」と、紙には書かれていた。「彼らに連絡してください。時間がありません」
3人は、24時間以内に現場に到着。その後の数日間で、世界屈指の軍隊でも実行するのが難しい、大胆な救出作戦の計画を練り上げた。それから2週間、熟練した洞窟ダイバー十数名の実質的なリーダーとなったスタントン氏は、タイ政府や各国から駆けつけた数百人の専門家と協力し、少年たちとコーチを無事に救出した。テレビで中継された現場の様子を、世界中の人々が固唾をのんで見守った。(参考記事:「タイ洞窟に閉じ込められた少年たち、救助の物語「残された唯一の選択」」)
現在60歳のスタントン氏は、英国人の元消防士だ。ナショナル ジオグラフィックのドキュメンタリー『ザ・レスキュー タイ洞窟救出の奇跡』に主要人物として登場している。この作品は、アカデミー賞を受賞したクライミングのドキュメンタリー『フリーソロ』(2018)の監督チームが手がけた。
スタントン氏は、『Aquanaut: The Inside Story of the Thai Cave Rescue』(潜水技術者:タイ洞窟救出の裏側)と題する本に、自らの貴重な経験をつづった。今回、ナショナル ジオグラフィックのインタビューに応じたスタントン氏は、洞窟探検への熱い思い、少年たちを救出した大胆不敵な計画、そして、この驚くべき救出が自身の人生にもたらした変化について語ってくれた。
――動く水に子どもの頃から惹かれていたそうですね。
リック・スタントン氏(以下、スタントン氏) 私はいつも水に魅力を感じていましたし、水泳も得意でした。少年時代を過ごした1960年代と70年代の初めにかけて、海洋探検家ジャック・クストーのいろいろな番組が、テレビで放映されていました。(参考記事:「ジャック・クストー、その功績と影響力」)
――洞窟探検に興味をもつきっかけは、1979年のドキュメンタリー『The Underground Eiger(地下のアイガー)』だったとのこと。3人の若い探検家が、英国のヨークシャーで洞窟ダイビングの世界記録を樹立するまでを追った作品です。どのような点が洞窟探検への情熱をかき立てたのでしょうか。
スタントン氏 このドキュメンタリーは、私の夢をはっきりさせてくれたんです。登山も頭にありましたが、洞窟ダイビングには、さらに冒険心をかき立てられました。地下の、しかも水中での冒険です。あらゆる要素が盛りこまれていて、強く心を動かされました。
――大学で洞窟探検部に入り、同じ思いをもつ仲間との出会いがありました。
スタントン氏 その通りです。洞窟探検を愛する仲間たちと出会い、とても親しい友人ができました。洞窟探検では、その性質上、メンバー間の信頼関係が不可欠です。このため、強い絆が生まれます。大学に入ってから42年が過ぎましたが、タイの少年たちが洞窟に入った週末にも、その時の仲間たちが6、7人集まりました。