
18℃の秋夜
頬を伝う流線型の秋風
星の数ほど響かせる排気音
不規則にすれ違う人と私
つなぎ合わせた日常の絵を
見ているようだった。
その日常にギフトは
潜んでいた。
地下に佇む看板無き黒の店は
重厚そうな扉を開け放ち
私を歓迎してくれた。
中へ進むと
黒基調がマントのように部屋を包み
ウッド調の床が温もりを感じさせる。
着席するとシンプルな配置と
間伸びしたテーブルに安堵したのか
呼吸が整った。
・ ジョゼ・ミシェル・エ・フィス
ブリュット トラディション
強さがあるも豊潤でリッチ、且つシャープ。
良きシャンパーニュ。
・アミューズ
秋刀魚のマリネ
キャベツの酢漬け
シフォンケーキ
オリーブ
季節感を出したもの
個々、品がある。
・アラのカルパッチョと香ばしい
黒胡麻チップ
酸っぱさあるフレンチソースは
新鮮なアラを上へと引き上げ
チップと合わせると
冒険をしたかのように新しい食感が
生まれる。
・ リーフェル ・ピノ・ブラン 白
甘さがあり柔らかで残らず
抜けが早い、落ち着いたテイスト。
・フォアグラ入り和牛パテ
パテはギュッと詰まり
牛とフォアグラの肉汁が溢れ
キノコの出汁も重なる。
蓮根の食感も良い。
最後にトリュフの香りが料理を包む。
安心感を感じさせる抱き合わせ
・ ドメーヌ・ルネ・ルクレール 赤
香り高いが、しっとりと残る
優しさがあり、名脇役のように
肉を引き立てる。
・オマールエビのカマス巻き
エビとカマスの組み合わせは
意外なマリアージュ。
奇抜な発想に連なり好奇心が増す。
蒸した野菜で彩り、甲殻類のソースで
潮の香りを立たせ、二者が踊りだす。
・ ジャン・マルク・ボワイヨ
マコン・ヴィラージュ 白
爽やかで魚介に寄り添う香り。
重さも感じさせながらも
キレと引きが良い。
・鴨のロースト
赤ワインとカシスソース
鴨肉は熟成されたような柔らかさ。
すぅっと馴染む面白いカシスソースが
エレガントに仕立てる。
・ ドメーヌ・ユドロ・バイエ
ピノ・ノワール 赤
果実を強調しフルーティだが
しっかりとしたフォルムで
高級感あるフルボディー。
・デザート
キャラメル、マロンアイスに
マスカルポーネが滴り
ショコラが散らばった
深まる秋を思わせる一品。
言うまでもなく絶品だ。
フランスで修行を積んだシェフの
フレンチは派手さは無くとも
クラシカルで品格を感じさせ
魅力的だ。
そこにオーナーソムリエが
セレクトしたワインとの
「ペアリング」で
二つの存在は完成される。
照明と重なり優しい灰色となる
拘りの黒壁。
真空管アンプが導く
アルケッジョまでも伝える
きらびやかなバイオリンの音色。
それを部屋じゅうに鳴かせる
青白く光るグラスたち。
選び抜かれた空間も結合し
もはや
「トリプリング」
言葉にできないほどの
心地よさに至高の時間を感じる。
いつものように
エスプレッソで料理を読み返す。
腕時計を見ると
コースが始まり三時間が過ぎていた。
もう、お開きだ。
オーナーに見送られながら
地上に出る。
十数メートル先から
見知らぬ女性が向かってきた。
街灯が彼女の顔を照らすと
目が合い、微笑んでいるのがわかった。
「嬉しいことでも
あったのだろうか?」
「きっと、そうだろう」
彼女と交差するまでの五秒間
彼女と私は互いを見続けた。
そして、すれ違いざまに私は
小さくつぶやいた。
「私もだ」